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バッハ会長の家族や経歴、若い頃の職業は?IOC会長になった経緯も!

トーマス・バッハさんといえば、国際オリンピック委員会の会長であり、オリンピック開催に関して絶大な力を持つ人物というイメージがありますが、私生活や家族のことはあまり知られていませんよね。

バッハさんが会長になったのは2013年9月のことで、それまではIOC委員として委員長を務めていましたが、それ以前はフェンシング選手としてオリンピックに出場経験もあり、また弁護士資格も持っているんです。

オリンピック委員会の会長歴はすでに9年となりますが、その間にも批判や問題点が明るみになったこともありますが、今もなお会長職を務める理由も何なのでしょうか。

そしてそんなバッハ会長を支える家族がどんな人なのかも気になります。

ここでは国際オリンピック委員会会長であるバッハ会長の家族や経歴、若い頃の職業とIOCの会長になった経緯を紹介します。

目次

バッハ会長の経歴、若い頃の職業は?IOC会長になった経緯も!

本名:トーマス・バッハ

生年月日:1953年12月29日(68)*2022.9現在

身長:171cm

体重:65kg

出身:ドイツ

バッハ会長は2022年現在68歳、ドイツに産まれ、小学校~大学までドイツの学校を卒業していますが、フランス語・英語・スペイン語・ドイツ語を話せるマルチリンガルなんです。

バッハという名前から音楽家のバッハの子孫だとか、爵位を持っているという噂もありますが、ただの憶測であり、そのような事実はないよう。

幼い頃からサッカーやテニスなどのスポーツに励む中、町のフェンシングのクラブに所属、その年の西ドイツ選手権では少年部門のフルーレ団体で優勝を果たしているんです。

高校時代にはタウバービショーフスハイムのクラブに加入、その後世界選手権や1976年(バッハ会長:23歳)のモントリオールオリンピックでフルーレの代表として活躍します。

この時バッハ会長は大学生で、ヴュルツブルク大学に通い法律を専攻、司法試験もパスし弁護士資格を取得する秀才。

その後弁護士事務所を開きますが、数年後にはIOCの委員となり、また数々の大手企業の顧問や監査役を務める中、スポーツ仲裁裁判所の代表者も兼任するなど、弁護士資格を生かした職務に携わっていきます。

フェンシング選手としてはフルーレ団体のメンバーとして、世界選手権に4度出場し、すべての大会でメダルを獲得。

またモントリオールオリンピックのフルーレ団体では金メダルを獲得したメダリストなんです。

バッハ会長がIOCの委員から会長になったのは2013年9月、59歳の時で、それまでの経歴やスポーツ界での活躍を認められての任命と言われています。

バッハ会長の年収や収入源は?

バッハ会長の年収は会長職だけで2900万円あり、これはIOCにより決められた金額だそうです。

しかし収入源はこれだけでなく、バッハ会長が2000年~2008年まで顧問を務めていた企業「シーメンス」からの報酬は年間で5200万円と会長職に就く前から稼ぎは多額で、現在の年収も1億円超え、総資産は400億円と言われています。

オリンピック開催時には放映権を売却し多額の収入を得ていますが、これはIOCに入るお金であり、バッハ会長に直接入るものではありません。

しかしバッハ会長が持つ放送会社には放映権から何割か入っているのでは?という噂もあります。

バッハ会長の家族は?結婚歴や嫁、子供はいる?

バッハ会長は1977年、24歳の時にクラウディアさんという女性と結婚されています。

しかしお二人の間に子供がいるかは分かっておらず、バッハ会長の知名度から考えると不思議なほど奥さんに関する情報がありません。

ただ噂では奥さんもかなりの強者でバッハ会長は亭主関白ということはないよう。

何度も奥さんにスポットが当たるタイミングはあったと考えられますが、一般の方で故意に情報を出さないようにしているのかもしれませんね。

バッハ会長の家族や経歴、若い頃の職業は?IOC会長になった経緯も!まとめ

ここではバッハ会長の家族や経歴、若い頃やフェンシング選手時代、国際オリンピック委員会の会長になった経緯について紹介しました。

学歴や経歴を見ても凄い方ということが分かりますが、オリンピックが行われる度に何らかの問題が出るのは考え物ですね。

次のオリンピック・パリ五輪は無事に開催されることを願っています。

ご覧いただき、ありがとうございました。

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